2018年1月15日月曜日

藤木久志『刀狩り』 (岩波新書)

近世社会で帯刀が許されたのは武士だけだったのだが、「帯刀」の意味を良く知らないでいたのだった。そんな基本的な言葉の意味も、よく理解せずにいたわけである。

帯刀とは、大小2本の刀を指す、二本差しのことである。1本では帯刀とはいわない。
やくざの渡世人は、股旅映画で長ドスという刀を差しているが、1本なので問題ないのだろう。
庶民は短い脇差一本である。伊勢参りなどでも携行した。護身用というより、信仰的な御守りのようなものなのだろう。だいぶ重量はある。大正生れの父の代までは、寝室の床の間に刀が飾ってあったが、民俗学的にも寝室に置くものらしい。死ぬと掛け布団の上に守り刀である脇差しを置いた。

有名な秀吉の刀狩りとは、刀を没収したのではないらしい。農民たちは武器としての刀は、一揆の際にも使用することはないとのこと。
大量の刀の没収が行われたのは、戦後のマッカーサーの刀狩りのときで、刀の多くは米兵の日本土産となったらしい。信仰的に重要な守り刀であるという意識が日本人から消えて行ったのが、素直に刀を差出した原因とのことで、そんなことが書いてある本である。
藤木久志『刀狩り』 (岩波新書)は、2005年 岩波書店。