2017年12月15日金曜日

『忠臣蔵とは何か』

1984年、丸谷才一の『忠臣蔵とは何か』(講談社)。
今月のこのブログは1970年代から1年1冊づつ新刊で読んだものを取りあげているが、昨日12月14日が四十七士討入りの日なので、一日早めれば良かったかもしれなし。
しかしこの本は2~3年たってから読んだように思う。

丸谷氏によると、人気の出る歌舞伎芝居には7つの要素あり?
1、社会を縦断する書き方。殿様から足軽や町人まで、奥方様から遊女までが登場
2、二つの時代の重ね合せ。南北朝時代を描きながら上演された江戸時代を描く
3、「実は……」という作劇術。上に述べた垣見五郎兵衛じつは大石など、貴種流離譚
4、儀式性。 勅使饗応に始り切腹、開城などの武家儀式への庶民の関心
5、地理、国ぼめ。 関東と関西、京の遊郭や東海道などが広範囲に描かれる
6、歳時記性。 桜の下の切腹から雪の夜の討入りまで
7、呪術性、御霊信仰
以前ここに書いた。http://nire.main.jp/sb/log/eid167.html

2017年12月14日木曜日

小此木啓吾『モラトリアム人間の時代』

小此木啓吾の中公文庫の『モラトリアム人間の時代』は1981年、『モラトリアム人間を考える』と『日本人の阿闍世コンプレックス』は1982年の刊。
1983年前後のごろよく読んでいた。
科学技術が発達し、スイッチを入れて蛍光灯がすぐにつかないだけでイライラするような人間、「全能の錯覚に生きる現代人」は、実際の社会関係では、挫折を経験するのでもなく、ただ腰掛け的な関係、木枯紋次郎の「あっしには関りのないことでござんす」という関係しか作れなくなったということだと思う。モラトリアムとは、一人前になるまでの猶予期間にある人間という意味。現代人は一生モラトリアムで生きるしかないという自覚が必要になる。(「少年の心を持つ」とか「万年青年」は必ずしも悪いことではない)

1970年代から執筆されたものだと思うが、1980年代前半に広く受け入れられたとすれば、科学技術云々だけでなく、伝統的な地域社会の崩壊や、自民党単独過半数割れなどの「ポスト戦後社会」の大きな時代の転換点だったのではないかと思う。
バブル経済へ向かう過程での警鐘というのでなく、既に時代は転換したということ。バブル経済は崩潰したことが問題なのではなく、バブル経済自体が戦後的なものを最終的に崩潰させたにすぎない。

アイデンティティという言葉を、この本で知ったのか、それとももっと後のような気もするが、記憶がはっきりしない。

2017年12月13日水曜日

『梅原猛著作集 11 水底の歌』

1982年。分厚いページ数のわりには価格は低めだったので、気軽に購入。
万葉歌人の柿本人麻呂についての内容だが、「刑死説」はともかく、
人麻呂を若死にとした斎藤茂吉以後の見方が問題であり、中世以前の人麻呂の肖像がどれも老人として描かれていることを重視すべきというもっともな論のほうが多いのである。

有間皇子の「家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る」は、旅の安全を祈って道中の神に飯を捧げた歌であるとか、大海人皇子と額田王のやりとりの歌「茜さす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」などは宴席でのやりとりの歌にすぎないとか、そういった解釈は、折口学派の解釈であることを知るのは後のことだが、これまで漠然と眺めていた万葉集を魅力的なものにさせてくれた一冊だった。

この著作集は何冊も読んだのだが、文庫化され古書店で¥100以下で求めたものが揃ったので著作集は処分してしまった。

2017年12月12日火曜日

『日本語とタミル語』大野晋

私の地元の地域行事で、昼食に赤飯がふるまわれたとき、岩手県出身のある人が「自分の田舎では赤飯に砂糖をかけて食べる」と言った。東北地方でそのようなことがあるということは、『日本語とタミル語』の冒頭にも書いてあり、炊きかたは違うのだろうが、南インドのタミル地方でも類似の行事があるとのこと。

大野晋『日本語とタミル語』(新潮社 1981)は、日本語とタミル語の系統の問題を論じた本だが、民俗学の勉強にもなるし、万葉集の歌の解釈、国文学の勉強にもなる。
ここから、民俗学や万葉集を、もう少し勉強してみたいと思わせる本でもあった。
前年の1980年には、中央公論社の「日本語の世界」全15巻の刊行が開始され、初回の『日本語の成立』(大野晋)も続けて読むことになった。

2017年12月11日月曜日

『外来語の語源』(角川小辞典)

1980年ごろ買った『外来語の語源』(角川小辞典 26 吉沢典男・石綿敏雄) は前年の発行。
とりわけ欧米語の語源や語史について、カタカナで引けるので、長く使っている辞典である。

トイレットは、麻の布のことで、麻布を敷いた化粧台という意味から、化粧室となったらしい。
ちなみに日本語の厠は不明。川屋の意味とする説もあるが、飲料水用の川と区別したのかしないのか、どう区別したのか、何もわからないので、不明とするしかない。

2017年12月10日日曜日

『ハレとケの超民俗学』

1979年、工作舎刊、『ハレとケの超民俗学』
それまで民俗学入門用に読んだものは、概論風のものはピンと来ず、柳田国男から選んだものは、ゴシップ風だったり、のんびりしすぎだったり、また折口信夫は数行読んでは難解さに溜め息をつくばかりだった。
この『ハレとケの超民俗学』は、工作舎の編集者の松岡正剛と高橋秀元の対談集だが、内容にリアリティがあり、民俗学理解のコツのようなものを、この本からもつかんだように思う(他には大野晋の日本語成立論など、民俗学の勉強になる)。以後はすらすら読める本が多くなった。

2017年12月9日土曜日

ヘーゲルの『小論理学』

岩波文庫版のヘーゲルの『小論理学』(松村一人訳)は、1978年刊行。これはAmazonから取りこんだデータなので蔵書を確認すると、やはり1978年で、9月18日第29版改版発行とある。改版とはたぶん旧漢字から新字に改めたことをいうのだろう。新刊で読んだ。

内容は、次のような感じだったか(間違っているかもしれないが)
有とは、ただ有るのであり、何かが有るのでは無いので、無のことである。無とは無いことだが、無いことすら無いのだから、有と同じ? というより有と無とは統一されたものであり、もはや別の物、成ということであって、思想のことである・・・

すぐ後に、河出書房版「世界の大思想」のうちの『エンチュクロペディ』を入手し、この論理学の次の『自然哲学』『精神哲学』を読もうと思ったが、『自然哲学』は自然や宇宙の現象を哲学用語で叙述するという実に変った内容だった。途中まで読んだ。
哲学書は、著書や著者やその人生などを評価不評価するために読むのではなく、自身の思考の鍛錬のために読むということで良い。

2017年12月8日金曜日

『歴史と旅 特集・邪馬台国はここだ』

秋田書店の雑誌『歴史と旅 特集・邪馬台国はここだ』は、1976年6月号だが、
1977年初頭の寒い日に、甲州街道沿の模型屋の隣の古書店で見つけて、読んだ。
井上光貞『日本の歴史1』(中央公論社)、東京新聞連載時の『清張通史』などは読んでいたが、その他の有名な先生がたの説が、カタログのように載っていた。
読み終って高校時代の地図帳を取り出し、武蔵国周辺を目で追いながら、邪馬台国当時の国名と似ている地名は見つからないものかと、探してみた。カナサナ国は神社名としてあった。しかし10以上を見つけ出すのは、容易でないことがわかった。
書庫に見つからずスキャナ画像は撮れなかった。

2017年12月7日木曜日

『夢野久作傑作選』

1976年に、文庫判の『夢野久作傑作選』(現代教養文庫)5冊のうち最初のものを読んでから、5冊を順次読了することになった。探偵小説というものは、そういう読者を熱中させるものがあるのだろう。
今は次の2つについて以外は、内容を思い出せない。

1つは、長編『ドグラマグラ』に出てくる、新興宗教のような怪しい祭文。チャカポコ拍子をとりながら歌うような長文だったが、あの部分は再読してみたい。

もう1つは虚言癖の娘が、自らの経歴そのほか全てを虚言で装い、そのように世間にとりつくろい、恋人にも接するのだが、そうしているうちに虚がばれそうになったのか、虚言そのものに疲れ果てたのか、忽然と姿を消す話。今の世の人間は誰しも自分を装うことばかりに気をとられてはいないかというテーマにもなってくる。

その後の興味や関心の進展により、この2点だけは何度も思い出す機会があったので、自分の永いテーマとして記憶に残っているのだろう。

2017年12月6日水曜日

文庫判の漫画の最初『化け烏』

文庫判(A5判)の漫画の最初は、1975年の『化け烏』(水木しげる著、東考社)である。このことは、版元も自負していたので間違いない。75年初頭か前年に東京都国分寺市の東考社に、まとめて予約に行ったら、1冊何か貰った。新書判の『噂の武士』だったかもしれない。東考社は引越先が決まっていたので、奥付は埼玉県の新住所になっている。
文庫版漫画は、すぐに二見書房が続き、翌年には大手の講談社や小学館そのほかが参入。
当時は、作品はすでに定評のあるものを集成したものが主体で、大島弓子の少女漫画なども、老若男女に広く読まれることになる。